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桜の木の下でのお花見は、日本独特の文化 [日記、雑感]

今のこの時期、電車の車窓からは、ほんとうに桜の花のさくら色一色の風景があちらこちらに観うけられますね。

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昨日は、天気も良く絶好のお花見日和で、神戸の王子動物園にも沢山のお花見客がおられましたが、その桜を愛でる花見は、今では日本人 にとっての大切な年中行事だと言ってもいいでしょう。

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お花見は日本独特の文化みたいです。!

桜はアジア,欧州など世界の国々に存在しますが、しかし日本のようなスタイルのお花見をする国は(ブラジルを除き)他の国にはないと言われ ています。

ブラジルで花見をしているのは日系人のグループとの事です。

お花見は日本独特の文化イベントのようでテレビでも紹介されていました。

この様に、日本独特のお花見の文化の由来はどこから来ているのかと言うと、日本人の桜を見る風習は、かなり古く、平安時代までさかの ぼることができます。

花を見て楽しむという風習は、そもそもは中国の詩文からきており、平安貴族が歌を詠む対象として桜を鑑賞したのが、お花見の発端で す。

ちなみに、桜が鑑賞されるまえには唐文化の影響で梅の花が貴族たちの好みであったようで、「万葉集」では、梅の花を詠んだ歌が桜の歌の三倍以上もあります。

それが「古今和歌集」になると、「万葉集」とは逆に桜の歌が梅の歌の倍以上になり、平安貴族の好みの変化に伴い、お花見という風習が定着していったことがうかがえます。

桜は、中世の修験道の発達と結びついて、山岳信仰とともに早い速度で全国に広がってゆき、後の江戸時代になって武士の象徴となっていったのです。

もっとも、平安時代の庶民は桜を歌詠みの対象としてではなく、より実用的に桜の咲く様子を見て、その年の農作物の豊作、不作を占っていたようです。

占いとしてのお花見が、庶民のお花見のルーツなのです。お花見が一般庶民のレクリエーションとなったのは、江戸時代の元禄(1688~1704)の頃ですが、それ以前からずっと日本人は、桜の花に特別な感情を抱いていたに違いないと思います。

「サクラ」の語源には諸説ありますが、一説によると「サクラ」の「サ」は田の神様のことを表し、「クラ」は神様の座る場所という意味 があり、「サクラ」は田の神様が山から里に降りてくるときに、いったん留まる依代(よりしろ)を意味すると言われています。

また、桜の花が 稲の花に見立てられ、その年の収穫を占うことに使われたりしていたため、「サクラ」の代表として桜の木が当てられるようになったとい う説もあります。

豊作を願って、桜のもとで田の神様を迎え、料理や酒でもてなし、人も一緒にいただくことが本来のお花見の意味 だったのでしょうね。

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yakko

こんばんは。お越しいただきありがとうございます。♩
by yakko (2015-04-03 19:03) 

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